あれほど優しい人と言われてきたお兄様が歯を剥いてわたくしを打ち据えるほど変わられても、わたくしは何を責めることも致しません。
 誰よりお慕いしていたお兄様が嫁を取りなさると聞いたわたくしの悲観はどんなでしたろう。それも、わたくしの親友の敏子さんがお相手であるなぞ。
「僕が誰と添おうともお前だけは祝福してくれると信じていたのに」
 どうか考え直してくれろと膝に縋るわたくしを持て余しながら、お兄様はあくまでも優しく声をかけてくださいました。ですから血の噴くほどわたくしを殴られたのは、ひとえに、それほどまでにわたくしの我儘が過ぎたということでしょう。止め処なく流れる血にお兄様はひどく動揺なさりましたが、それでも謝ろうとはなさいませんでした。
 わたくしが泣くたび打ち据えるようになられたのはそれからでした。厭気の差した敏子さんに棄てられると暴力は日常的になりました。刃物さえ振るうようになりました。去る敏子さんが、お兄様を堕落せしめたわたくしよりお兄様自身により冷ややかな視線を向けたことが印象的です。
「お前の所為だお前のお前の」
 どれほど罵られようともわたくしはお兄様を独り占め出来たことが何より嬉しくてなりません。お兄様に嬲られた皮膚が破れ血を噴きます。わたくしは毎夜、お兄様の唇を夢想しながら破れた自分の皮膚を吸うのです。