正しい名前を知らないので、私は彼のことを図書館司書とだけ呼んできた。それが彼の仕事だったし、清潔な符号には逆にエロティックな含みさえ覚えた。貸出しカードを扱う指が愛くるしくて毎日通った。
 いつからか、夜になると私たちはそこで抱き合うようになっていた。天井まで伸びた本棚と隙間なく収まった本で図書館の壁はどんな建物よりも厚いというのに、行為のあいだ、私はいつも誰かの視線を傍に感じる。
 この図書館は僕のことを好きだから、僕が誰かと二人きりになることを赦さないんです。図書館司書はそう笑った。だから全部筒抜けにしてしまうんです。壁なんてあってないようなものです。でも何ら問題はありません。見たい奴には見せておけばいいだけです。
 はなはだアブノーマルですね。図書館と図書館司書のたちの悪さをどんなに私が指摘しても、彼はきっぱりと横に頸を振る。いいえそうではありません、純粋なんです。
 その顔があまりに奇麗だったので、私は昼間貸出しカードを扱っていた愛くるしい指を探り、私だってと噛みついた。私だって、純粋です。困難でも乗りきれない事柄はひとつもありません。そうですとも、見たい奴には見せておこうじゃありませんか。
 図書館司書はやはり笑った。隙間なく並んだ本の向こうで、たくさんの何かが揺らぐのがはっきり判った。