庭で死んでいた猫は、毒入り団子でも食ったのだろう。夜中ににゃあにゃあと鳴き立ててずいぶんとうるさかった。そんなことより僕の金魚の姿が見えないのだ。去年の縁日で掬ってきて以来、非常な愛情を注いでいた。ひときわ鮮やかな紅色をした和金だった。「それこそ猫に食べられたんじゃないの」と母は言い、その言葉はひどく僕を厭な気持ちにさせた。これではいったい何のために猫を殺したというのだろう。僕はひと頻り思いつく限りの罵詈雑言を母に浴びせたが、終いに飽きてやめた。
 夕食どきになって、突然母が箸を取り落として苦しげにえずきはじめた。呆気にとられた僕と父が見守るなかで、母はげろげろと赤色の物体を吐きだした。僕の金魚だった。テーブルの上で弱々しく身をくねらせるそれを僕は慌てて拾い、とっさに、手近にあった椀のなかへ抛った。「あ」と父が言った。椀の中身は父の冷製スープだった。金魚は冷製スープのなかで元気を恢復し、悠々と泳ぎ回りはじめた。ところが水槽へ戻そうという段になって、何度やっても失敗してしまう。金魚の入った冷製スープを持って水槽の傍までゆくのだが、いざ水槽へ移そうとするとすでに金魚はそこにはおらず、別な誰かの冷製スープのなかで悠々と泳いでいる。その繰り返しだ。その後も金魚は場所を移し続け、それは冷製スープにとどまらず、風呂場やトイレ、また別な日の夕食の味噌汁のなかなどに出現した。家のなかの水場を行き来しているようだが、しかしいずれも捕まえられない。あの日以来、母の鼾がにゃあにゃあと響く。うるさい。