夜風は頬を切り、突っかけの先の指は剥きだしで冷たく痺れている。街燈の下に男を見た。見知らぬ男だったが、顎から喉にかけての線が細く整って美しかった。思わず立ち止まると、男がこちらを向いて目が合った。
今宵は月がとても奇麗ですね。話しかけられる。線の細い喉に、澄み渡った声はいよいよふさわしかった。ええ、そうですね。答える。
男はどこに住んでいるのだろう。この小さな村で知り合いでない者など居ないのに、一度として見たことがない。この顔立ちを、忘れられるわけがない。突っかけの先の剥きだしの趾がむずむずする。私の考えに気づいてか、男は、これはご挨拶が遅れましたと頭を下げた。私は今日ここへ越してきたんです。あなたはこのご近所の方ですか。私はうなずく。男の名乗った名前もまた、彼にふさわしかった。
こんな夜にどこへお出掛けですかと問われ、私は黙りこんだ。まさか夕食用の野菜を取りに畑までなどとは答えられまい。男はうっすりと微笑み、夜にはあまり出歩かないほうがよろしいですよ。特に、女性の方は。言った。青白い肌が街燈の下でなおさめざめと白く、背筋に戦慄が走った。
そうだ、今度あなたの家に招待してはもらえませんか。まだ慣れない土地で心細いものですから、親しくしていただけると非常に嬉しいのですが。男を招いてはならない。本能としてそれだけは判った。判ったのに、私は、どうしても男に逆らえなかった。
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