清美さんは花咲き誇る庭にしゃがみこみ、いずこかから列をなしてくぐり戸を抜けてくる蟻を正確に一匹ずつ潰してゆく。清美さんの指先は潰した蟻の色に染まっている。はだけた浴衣の裾から白く張った腿が覗く。
 僕は縁側で胡坐を掻き、団扇を片手に清美さんの耽る残虐な遊びを観察している。
「甘い果実などどこにもないのに、なぜ蟻どもはそうやって列をなしてこの家へやって来るのだろうね」
 蹠が汗で湿っぽい。跣の足は埃をたくさんつけていた。手で払う。ざらざらした。
「何かの花のにおいをお菓子と間違えてでもいるんでしょう」
 清美さんは蟻を潰すことをやめず、僕のほうを見ようともしない。葡萄の粒のような蟻の尻が清美さんの指の下でぷつぷつと弾け、潰されてゆく。くぐり戸の前はそんなふうにして清美さんに潰された蟻で黒々と禍々しかった。
 僕は清美さんの白く張った腿を見た。
「……そうやって全部を殺してしまうつもりかい、」胡坐を組んでいた脚を崩して団扇を下腹部に押し当てる。熱っぽかった。
 清美さんは鼻で嗤った。
「這入ってくるのが悪いんじゃない、ここはうちの庭なのに。どうせこれっぽっちの蟻を殺したってどうともなりゃしない」
 ぷつぷつと蟻を潰してゆく、清美さんの指先は逃げ惑う蟻をけっして逃さないほどにてばしこいのに、少しも野暮な感じはしない。死んだ蟻の山はどんどんとうずたかくなる。
「世界じゅうのどこかにね、」手を休めないまま清美さんは言う。
「うん」
「檸檬ほどに酸っぱい味をした蟻が居るんだって」
「へえ。面白いね」
「あんた、ちょっとこの蟻を食べてみる気はない? いったいどんな味がするか」
「厭だよ」僕は頸を振る。「甘い味がするのならまだしも」
「甘ぁい果実」
「そう、甘ぁい果実。南国の。剥くと白く張った果実のみずみずしいね」
「私みたいな」
「そう、清美さんみたいな」
「でしょうねえ」
 僕はいよいよきつく団扇を下腹部に押し当て、清美さんは高らかに笑い、はだけた浴衣の裾から覗く腿を顫わせぷつぷつと蟻を潰し続ける。