病院へ通う友人の留守を預かるあいだ、ついうとうとと縁側で居眠りをしてしまったようだった。足指の擽ったさに目を覚ましてみれば、浴衣姿の女が屈み込んでいる。襟許から覗くうなじが白い。女は、絵皿に注いだ水を筆に含み、一心に私の足指へと塗りたくっているのだった。
「何をするんだ」声を上げれば、悪びれたふうもなく「砂糖水を塗りこめているんだわ」と答える。「甘いにおいに誘われてやってきた蟻が、爪のあいだから皮膚へ潜り込むように」「そんなことをしたら爪が剥がれてしまうじゃないか」「剥がしたいのよ」
 奇妙な女だ。頭にきて絵皿を取り上げると、「そんなに怒らなくたっていいじゃない」と唇をすぼめる。「それ、返して頂戴」女は私に向かって手を伸ばしたが、私は絵皿を返さなかった。だいたい安眠を妨げられた時点で不機嫌なのだ。
「じゃあもういいわ」女は言い、それから何を思ったか砂糖水を塗りこめた私の足指に唇を寄せると、口に含んだ。たちまち生温かな感触に包まれ、何か粘りつくような異質なものがやわやわと私の足指を舐め廻すのが判った。それが何かは判らない。舌ではない。 「甘い」女が唇を離す。足指は女の唾液に濡れて光っていた。女がもう一度足指を口に含もうとするので、反射的に私は足を蹴り上げた。踵が女の顔に当たったかと思うと、女は弾けて霧散した。いつの間にか取り上げた絵皿も消えていた。
 帰宅した友人に女のことを訊ねてみても、知らぬと言う。病院の結果が芳しくなかったと浮かぬ顔をするので、私も女のことはもうそれ以上訊ねなかった。
 それからじきに足指が痛みだし医者へかかったが、巻き爪だろうと診断された。爪が食い込んで少し膿み、眠られぬ夜が続いた。同じく足を患っていた友人はその後症状が悪化し、指を腐らせて切断した。