「あなたの舌のざらざらしたのが具合がいいの」と小さな彼女が言うので、僕は彼女を自分の口のなかに住まわせることにした。彼女の冷たい裸足や柔らかな手が粘膜のあちこちに触れるのは気持ちがよかったし、何より彼女が僕の舌を使う様子を直截感じ取れるのがよかった。「あ、あ、あ、」と彼女は息を荒くする。
 僕は食事のとき彼女を噛み砕いたり呑み込んだりしてしまわないよう細心の注意を払っていたし、彼女も僕の口のなかを動き廻るのはお手のものだった。僕たちはうまくやっていたと思う。
 痛みは突然やってきた。朝起きると左の奥歯に激痛が走り、頬に触れてみると腫れて熱を帯びていた。どうにも堪えきれずに、彼女には舌の下に隠れていてもらって歯医者へ行くと、「虫歯ですね」との返事。
「甘いものばかり食べているからよ」とチョコレートのにおいの馨る口で彼女は言った。僕は毎日食べるチョコレートの味を知らない。何より夜中、夢うつつの意識の端で耳にする、歯ぎしりとは異なるしょりしょりという音の説明がどうしてもつかない。