もはや取り返しはつかないのだ。私は嬰児に乳をやる。確かに夫と私とのあいだに生まれた子だが、愛情が薄いのはしようがない。
 夜夜中の寝室に夫が女を連れ込んでいるのに気がついたのはいつのことだったろう。嬰児の夜泣きは仕事で疲れた体に差し支えるだろうと部屋を分け、こんな辱めを受けるとは思わなかった。翌朝になれば夫は素知らぬ顔で私の淹れる珈琲を飲んでいる。私が女の存在を知らずにいるとでも思っているのだろうか。
 私を裏切った夫も私から夫を奪った女も憎いが、それ以上に嬰児が憎い。子供が欲しいとねだったのは私だった。なぜ二人だけのまま生活を続けてゆかなかったのだろう。かすかな期待をこめて嬰児を抛っておく時間は日に日に長くなるが、まだ手脚はずいぶん太ったまま、泣き叫んで乳をせがむ。私は声に倦み、乳房を剥きだしに、嬰児に乳をやってしまう。
 女は今夜も来ているだろう。こうしているあいだにも夫と睦み合っているのかと思うと腹立たしい。鼻先に生臭いにおいさえ嗅ぐ。腕のなかは重く、剥きだしの乳房は口に含まれている部分を除いてぶつぶつと鳥肌が立っている。ああ。ああ。ああ。夫も今、あの女の乳房を口に含んでいるのだろうか。
 づくり、と、乳房に痛みが走って意識がこちらに引き戻された。見れば鮮血が滲んでいる。嬰児の歯が当たったのだろう。歯? そういえば乳飲み子であるはずのこの子にはいったいいつ歯が生えたのだろう。しかしかすかな違和はすぐに掻き消え、ああ、それよりも突き立てられた歯とやわやわとした唇で乳房を絞るようにねぶる感触が夫を思いださせる。もちろん私を裏切ってあの女を抱いている夫ではなく、まだ私を愛してくれていた頃の夫だ。
 私から溢れた白い乳が、破れた皮膚から流れる鮮血と混じり合って薄桃色になり、腹を伝う。