病に臥してからめったなことでは人を寄せつけなくなった姉に呼びだされたのは、実に一箇月振りのことだった。原因も治療法もようとして知れず、痛むのか、夜中家じゅうに響き渡るしゃがれた呻きを幾度聞いたか。
 寝床の障子を開くとむわりと病気特有のにおいが立った。畳にのべられた蒲団は湿気と姉の汗を吸ってしぼんでいたが、それ以上に窶れた姉の姿が痛々しかった。病に倒れる前の、あの頑固で気丈な姿など影もない。「口のなかに大きな出来物が出来たみたいなの。見て。気持ちが悪い」水気のない声で言う。私はペンライトを当てて姉の口のなかを検めてみたが、それらしい出来物はどこにもなかった。ただ、病気の所為で白く荒れた口腔をまざまざと見ただけだ。「……姉さんの気の所為でしょう、」と返しても、姉はいっこう納得しなかった。
「そんなはずない。それなら直接指で触れてみてよ」強引に手首を掴まれる。ゆるゆると姉の言葉に従ってしまったのは、その口調と意外にも強く掴まれた手首とに、気丈だった頃の姉をほんの少しでも垣間見た所為か。指に絡みついた姉の舌はひどくざらついており、目の前のこの姉が、確かに内側から病に蝕まれているのだと厭でも突きつけられてしまう。
「出来物なんてどこにもありません。やはり姉さんの気の所為でしょう」言えば、それじゃあもっと喉の奥なんでしょうと私の指をいっそう深く咥えこむ。慌てて引き抜こうとすると思いきり指を噛まれた。げえげえとしゃがれた声で姉はえずき、そのたびその歯が私の指の肉に喰いこみ血を流させた。吐瀉物が傷口に這入りこむ。ひどく染みた。
「げえッ」ひときわ大きく一度えずいたかと思うと、姉は、そのまま絶命した。咥えこまれた指を解放するのにはひどく手間取り、ようよう抜いた指先はほとびていた。肉をえぐり刻まれた歯形は奇妙に鮮やかにいつまでも消えないで、以来、しくしくとときおり私を責め立てる。